理事長あいさつ
30周年あいさつ

皆様こんにちは。医療法人那覇西会は平成8年5月に設立され、今年で30周年を迎えることとなりました。
平成8年といいますと、わたくしが信州大学医学部に入学した年です。当時、建設中だった那覇西クリニックの現場で、わたくしの合格発表を聞いた父が、人目もはばからず号泣したと聞いております。いやあ親孝行できてホントに良かったです。
信州が好きすぎて6年の学生生活で良いところを7年間学生生活をエンジョイしたのちに、東北の地で医師としてスタートを切りました。大崎市民病院を経て、東北大学第二外科に入局し、わたくしの唯一無二のお師匠さんの東北大学名誉教授の石田孝宣先生に、乳腺診療のいろはから基礎研究に至るまで徹底的にご指導いただきました。東北大学時代は石田先生と席も隣同士でしたので、仕事終わりにはよくお酒にも連れて行っていただきました。昼間は絶対に頭の上がらないお師匠さんですが、酒量だけはわたくしのほうが“チューバー”ですので、夜になるとどちらがお師匠さんかわからない、そんな濃厚なお付き合いを今も続けさせていただいております。
2011年、沖縄へ戻ってまいりました。
そして那覇西クリニックに入職して、率直に感じたことがあります。
「東北大学もすごかった。でも、那覇西クリニックもめちゃくちゃすごい」。
診断、検査、治療、患者さんへの寄り添い方、スタッフ同士の連携――。
父をはじめ、スタッフの皆様方が積み重ねてきた医療に、毎日目から鱗でした。
「自分が戻ってきたことで、むしろレベルを下げてはいけない」
そう思いながら、患者さんに本当に寄り添う医療とは何かを、スタッフの皆さんと一緒に考え続けてまいりました。
その中で、治験・臨床試験センターを立ち上げ、多くの国際共同治験にも参加してまいりました。現在日本全国で使われているADC製剤、免疫チェックポイント阻害薬、TKI、Oral SERDなど、多くの新薬開発に携わり、沖縄県の患者さんへ最先端の医療を届けることができました。
また治験のみならず一風変わった研究にもわたくしどもは携わってまいりました。東レ株式会社の皆様方とLiquid biopsy研究を行い、沖縄県の薬草クワンソウ研究そして現在はUHA味覚糖の皆様とグミサプリ研究を行っております。さらにファンケル様とのアピアランスケア研究もいよいよ始まります。OISTとの共同研究、HPV検査研究など、本当に多くの皆様方のお力添えを頂いております。最近では、エンターテインメントの力を借りて医療を届ける活動にも力を入れています。ヘルスハック大学やお笑い集団FEC代表の皆様をはじめ、多くの皆様方に那覇西会そして沖縄県の医療を盛り上げていただいております。
さて、私共那覇西会の医療において、わたくしが何より誇りに思うのは、“人”です。
放射線技師、臨床検査技師、看護師、事務スタッフ、もちろん先生方も。それぞれが自ら学び、自ら挑戦し、それぞれの分野で沖縄県、日本、そして世界を目指しています。最近では、わたくしを差し置いて、看護師の皆様方が県内外の講演会でご講演されたり、メディア取材を受けたりしています。
正直に申し上げると――
「わたしより人気あるな…」
と、少しだけ嫉妬しておりますが、でも、それが本当に嬉しい限りであります。
スタッフ一人ひとりが輝くことがすなわち、患者さんにとって最良の医療につながるとわたくしは信じてやまないわけであります。
さて、次の100年に向けて、那覇西会はどこへ向かうのでしょうか。
アメリカ・ミネソタ州にあるMayo Clinicは、1846年にアメリカへ移住した医師ウィリアム・ウォーラル・メイヨー、そして息子のウィリアム・ジェームズ・メイヨー、チャールズ・メイヨーの親子3人による、辺境の地での医療活動から始まりました。皆様ご存知の通り、現在では世界最高峰の医療機関のひとつです。そんな医療機関を目指してみたい。そして私ども医療法人那覇西会は沖縄だからこそできる医療があると信じています。
「From Okinawa to the World」
そして
「From Around the World to Okinawa」
を合言葉に、
沖縄から世界へ、世界から沖縄へ、
私ども医療法人那覇西会は力強く歩んでまいりたいと思います。
これまで那覇西会を支えてくださった地域の皆様、関係企業の皆様、医療関係者の皆様、そして、妻、両親、兄弟をはじめとする家族、親族の皆さん。さらに、志を同じくする、情熱的で、少々アツクルシイ那覇西会スタッフの皆さん。30年の感謝を胸に、次の100年へ向けて、どうか引き続き、ご指導、ご鞭撻、そして時には温かいツッコミをいただきながら、医療法人那覇西会を育てていただければ幸いです。



