エッセイ
Vol.45 最良の友、sake?
「もあい」で同級生が集まり疲れを癒す。何を話しているのか後では思い出せないことが多い。おそらく、その場限りの会話が多いのであろう。疲れが見える時、肩を張らずに話せる仲間がいることはいい。中には会社の社長もいるが、緊張に満ちた1ヶ月の疲れを落としに来るようである。
行きつけの店がある。カウンターの片隅に座っているうちに他の客と話をすることになる。いつも酔っ払ってカラオケを歌っているお客さんがいた。素性を聞くこともなく、酔った時の友であった。開業準備のためある金融機関に行ったら、そのお客さんがいるではないか。しっかりとお金を借りることができた。やっぱり酒は友を呼ぶのである。
高校時代の私は恥ずかしがり屋で無口だったと言うと、みんな「うそだ」という。特に女性に弱かった。
「玉城君・・・」
「何か!?」
「うん」
「ううん」
この三言が中心であったかもしれない。ところがである。初めて、あまりおいしくない酒を飲んだとき、目の前に3名女性が座り私の話を聞いているではないか。
「酒は最高だ!」
蕁麻疹(ジンマシン)いっぱいの翌朝であった。
県立病院に勤務していた頃、看護婦さんともたくさんのお酒を飲んだものである。看護婦さんと飲む時には覚悟がいる。深夜1時過ぎに前夜勤務の人が仕事を終えてくるので、それまで待たなければならない。エネルギーが必要である。今は偉くなった看護婦さんと病院の未来について語り合ったものである。
年とともに酒の量と飲み方も変わってきた。組織のトップになってから、職場の人と飲むことが減った。トップが話すと、それは命令になりやすい。また悩みを皆に打ち明けることもできない。”トップは孤独である”しかし、孤独の酒ばかり飲んでいるといけない。胸の内を語ることで新しい考えも湧いてくるのである。最近は酒を飲まない我が家の女性と語らいながら酒を飲むことが多くなった。日頃気づかないアイディアをもらっている。
楽しい酒とよき語らいは、人生の糧である。
追記:2004年2月ごろのエッセイだが今でも酒は最良の友である。酒を飲むと、頭から足の先まで血管が開き疲れが取れていくことがわかる。よき友よ、永遠に!
最終更新日:2025.09.08