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Vol.14 シルバークリニック

 開院10分前です。9時50分にはクリニック前のベンチに2人が待っている。診療所の先生がゆっくりと通りをわたり現れた。

 「あれ、看護婦さんはまだ来ていないの?」診療所のドアをあけて、明かりをつけるのである。

 「適当にコーヒーでも飲んでいてください。すぐ準備するから」コーヒーはピエタの炭火焼きコーヒーである。芳醇な香が診察室に満ちあふれる。

 「昨日はどこか遊びにいったの?」「昨日は孫たちが遊びにきたので大変忙しかったのですよ」「私は歩け歩け大会だったの。今日は少し足が痛くなったので診てもらいたいの」

 “シルバークリニック識名”のいつもの診療風景である。診療時間は朝10時から夕方?4時までである。午前の玉城先生は1時までの勤務、そのあとは内科のS先生である。65才も過ぎたら一日働くのは大変である。午前と午後の交代にした方が楽だ。しかも一人で週に3回しか働かないのである。それ以上働くと長生きができないし、体をこわして子供達の世話になったら大変である。

 シルバークリニックに登録した医者はたくさんいるのだ。内科、外科、婦人科、耳鼻科、眼科、皮膚科、泌尿器科など定年した医者が交代で勤務する総合クリニックなのだ。産科はない。小児科の医者はどうしようか。なぜなら、このクリニックは60才以上の患者しか診察しないのである。

 少子高齢化社会といわれて久しい。団塊の世代が年をとるころは若者の数が減るのに、子供たちの世話になったら大変である。年寄りは・・いやいや年寄りではない。熟年は熟年同士で面倒をみようではないか。

 クリニックの隣にはサロンがある。趣味の講座が偉かった先生の指導で行なわれる。もちろん指導料は払うのである。玉城先生も昼ご飯のあとにサロンにあらわれ、ピアニストの津嘉山さんからピアノを習っている。「玉城さん、上手になりましたね!」『なかなかうれしいこといってくれるじゃないか。つぎの薬代はサービスしないといけないな』とすなおに思う玉城先生である。

 ピエタのママさんが入って来た。「先生、炭火焼きの美味しいコーヒーが手に入ったの。飲んでみてください。奥さんも呼んで来て」部類のコーヒー好きの妻もおともだちの“おとめ”たちも集まって来た。「これ、宣伝しない?」「わたしが広告を作るわ」コンピューターグラフィック会社を定年したK子さんがいった。

 熟年の集まりは楽しいのだ。となりで血圧の薬をもらったあとでサロンに集まるのである。「あそこのレストランのシェフが変わったらしいよ。ちょっといってみようか」「30年ものの古酒がやすく飲めるらしいぞ」熟年は小金も持っているのだ。子供達の世話にならない変わりに、ため込んだお金は楽しく使って行くのである。子供達よ親の金を当てにするな。自分でかせぐのだ。

 楽しい、楽しいシルバークリニックとその集まりである。

(2004年3月8日 掲載)

那覇西クリニック理事長
玉城 信光

最終更新日:2004.03.08